中絶-2
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手術前日。
帰宅してから彼が帰ってくるまでひとりの時間はすごく長く感じました。
彼の帰宅と同時にまた泣きながら話し合い。
私はやっぱり産みたい気持ちはある。
だけど幸せにしてあげられないと思う。
自分が親にしてもらったように、子供を育てられる自信がない。
もう、手術受けるしかないかもと思ってる。
そう伝えました。
そのあと彼は「産む?育てる?俺は今から就活して、もう院に行くのも諦めるよ。りりがそうしたいなら、俺は支えるし、一緒にいるって決めたから」
まさか彼からそんな風に言われると思っていなくて正直すごく驚きました。
散々産みたいと言い続けた私。
中絶した方がいいと思うと最初に言った彼。
だけどこの1ヶ月、彼は考え抜いた結果、育てる決意を固めてきたんです。
だけどその時私は「ありがとう、一緒に頑張りたい。」とは言えませんでした。
あんなに産みたいと思っていたのに、いざ彼にそう言われると、すごく怖くなってしまいました。
友人や親戚、ご近所さんから向けられる目、両親へ話すこと、いろいろなことへの不安が一気に押し寄せてきました。
これまではただ赤ちゃんが愛おしくて、産みたい。そう思っていただけで、彼といざ「育てる」となった時、彼からその言葉が出てきた時、全てが怖くて、不安で、頷くことができませんでした。
最終的に、私が決意を固めることができず、病院に向かわなければいけない時間に、
タイムリミットになってしまいました。
ごめんね、手術を受けよう。
そう言った私の手を握って、彼は「わかった。ごめんね」と言いました。
なんで彼が謝ったのかはわかりません。
そしてこの時の彼の悲しそうな顔は、一生忘れないと思います。
最終的には、私の決意が固まらず、手術を受けることになってしまいました。
彼の運転で前処置のために産婦人科へ。
車内の空気は重く、二人とも何も話さず、病院へ向かいました。
病院へ着くと、もう患者さんは誰もおらず私ひとりでした。先生から同意書を渡され、説明を受け、最終的な意思確認をされ、内診台の上で前処置をしました。
痛みは全然なかったのですが、赤ちゃんとの別れが近づいていることが本当につらく、ずっと泣いていました。
帰宅してからは、彼と赤ちゃんと私、3人で過ごす最後の夜だったので、たくさん赤ちゃんに話しかけて、テレビを見て過ごしました。
結局その日はあまり眠れませんでした。
朝起きて、同意書へサインを。
私の場合、婚姻関係にない相手との子供なのであれば相手のサインは必要なかったのですが、彼が「これは2人の子供のことで、もちろん俺の責任でもあるから書かせてくれ」と言ってくれたので、きちんと名前と印鑑を押してもらいました。
それからは着替えて、車に乗って、彼と他愛のない話をして、刻一刻と近づく赤ちゃんとの別れにすごく胸が痛かったです。
運転中の彼は私よりも先に泣いていました。
自分の夢は諦めて、働く覚悟までしてくれた彼。
それなのに中絶する結果になってしまって、彼の涙を見ると本当に彼にも、赤ちゃんにも申し訳ない気待ちでいっぱいでした。
彼に見送られて病院に着いて、受付を済ませると、いつもと違う部屋に通されました。
ここで待つように伝えられてからしばらくすると、名前が呼ばれて診察室へ入りました。
同意書を渡して、内診台へ
そのまま手術は始まりました。
部分麻酔なのでもちろん意識はあります。
痛みももちろんありましたが、それ以上に赤ちゃんの命がここで自分の体からなくなることが怖くて、申し訳なくて、涙が止まりませんでした。
今でも手術の器具の音、見える天井、光、先生と看護師さんの声、何もかも鮮明に思い出すことができます。フラッシュバックもしてきます。あの時の感情と光景は、きっと一生忘れることがないと思います。
手術が終わってから、エコーでお腹の中を見せてもらいました。もちろん赤ちゃんはいませんでした。申し訳なくて、ただただ泣いていました。
隣のベッドに移ってからどれくらいそうしていたかわかりません。診察にくる妊婦さんの話し声、赤ちゃんの心音、そんな音を聞きながらただ時間が過ぎるのを待ちました。
これで終わった。
私と彼の赤ちゃんはいなくなった。
親になる覚悟ができなかった私。
それなのに、赤ちゃんを抱っこしたかったし、会いたかった。
こんなに呆気なく、一瞬で、私は子供の命を奪った人になってしまいました。
あの日のことは忘れてはいけないし、忘れられないと思います。
あれから病院で検査をする時、内診台に上がると自然と涙が出てきます。
ここで、この場所であの子は命を奪われたんだなと。私のせいで産まれてくることができなかったんだと、考えてしまいます。
中絶後、後悔ばかり押し寄せてきます。
特に25日。赤ちゃんの命日が近づくと色々なことを考えてしまいます。
妊娠継続していれば、あと70日ほどであの子に会えました。
もうすっかり大きくなっていた頃です。
どんな風に泣いて、
どんな声で笑って、
どんなものを好きになって、
どんな風に動いて、
どんなものを嫌って、
どんな風に成長して、
どんな大人になったのか
知る術はないのに色々考えてしまいます。
手術が終わってから、たまに夢に出てくる子供は女の子でした。
もしかしたらあの子は女の子だったのかな、なんて考えます。
長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。
ここまで詳細に中絶のことを書いて、読んでくれる人なんているのかな?なんて思ったりしますが、私はこれを残しておきたいなとなんとなく思ったので、書いてみました。
中絶経験者の方には、何か思い出させてしまっていたら、申し訳ないなと思います。すみません。
ただ、これを読んで「中絶ってこんなものなんだ」と新たに知ってくれる人がひとりでもいたら良いなと思います。
学生時代、保健の授業の中で中絶の映像を見せられたことがあります。
子宮の中に器具を入れて、赤ちゃんを掻き出す。
とてもとても惨い映像でした。
先生は中絶は悪いこと、してはいけない。避妊をきちんとしろ、と指導しました。
その映像を見た後、感想を書けという課題に私は「怖いと思った。可哀想だった」そう書いて提出しました。
それから数年後、自分の体に全く同じ器具を入れられて、全く同じ手術が行われました。
中絶は悪なのか?その選択を取ることはいけないことなのか?避妊についてきちんと指導できているのか?
今となってはあの性教育の意味を考えさせられます。
当事者にならないと分からないことってたくさんあるなと感じます。
それをどうにか、中絶手術を知らない人に伝えていきたいと個人的には思っています。
子供ができたのなら産めよ、育てろよ
そう思われるのもわかります。
その意見が間違いであるとは全く思いません。
だけど、できるならそうしたかった。と思います。
できないなら避妊しろ
そうです、間違いないです。
だけど100%の避妊なんて存在しません。
コンドームをつけて性行為をしている。
ピルを飲んでいる。
アフターピルを服用した。
だから妊娠しない、なんてことはありません。
男性にも女性にも共通して言えるのは、あなたも性行為をしている以上、妊娠する可能性は誰にでも存在するということ。
妊娠なんて、と思わないでほしいです。
いつあなたに「産むか、中絶するか」の選択が迫られる時がくるかはわからないのです。
だから、妊娠を望まないうちは避妊をきちんとしてもらえたらなと勝手ながら思っています。
最後まで読んでくださりありがとうございました。